無題短編小説 A-Ⅲ



 先ほどの騒ぎは未だ続いており収まる気配はない。
集まった野次馬同士が新たな争いを引き起こし、更なる野次馬を呼んでいた。
そんな喧騒とは裏腹に、私と彼女の周りだけは他とは切り取られたように静かだ。
2メートルほどの距離をとったままお互い見つめ合う。

「さあ戻りましょ”---”、あなたにこの世界は似合わないわ。」
まるで違う世界からやってきましたといわんばかりに彼女は微笑みながら言った。
彼女の言葉に強いノイズが混じる。
しかし戻るとはどういうことだろう?私と会ったことがあるような口ぶりだが違う移住区にいたときに会ったことがあるだろうか?
いや、仮面を付けた少女など会ったこともない。
まして、この世界に輝いた瞳で真っ直ぐ見つめる者など存在しないに等しい。
会っていれば必ず覚えているはずだ。
ノイズだらけの記憶を辿り、自信無く断定した。

「君は違う移住区から来たのかい?」
彼女の発言を無視して質問した。
彼女は少し笑顔を曇らせたが想定の範囲内だったのか
「ああ”---”、やっぱり私が誰かわからないのね、でもかまわないわ。あなたが私の手を取ってくれさえすればね。」
ノイズまじりの声で手を差し伸べたまま言った。
全ての真実を教えてやると言わんばかりに彼女の瞳は真っ直ぐに私を見据えていた。
「この虚構の世界に居続けるということは単なる自殺行為よ。少しずつ死んでいくの。緩やかに退廃していくこの街のようにね。」
虚構の世界というキーワードに質問せざるを得なかった。
「失踪したあいつを知っているのか?」
「この世界で私が知っているのはあなただけよ。しかしその人が失踪したのならどこに行ったのかは知っているわ。」
「どこに行ったんだ?」
「更なる失望によって絶望の世界に堕ちたか、自分の未来を信じてあるべき世界に戻ったか、どちらかね。」
どうとでもとれる答えだが彼女が嘘を言っているようには思えなかった。
この世界は偽りだとうのか?今ここにある自分や彼女は幻なのだろうか?

 突然彼女の周りに上昇気流のような風が発生した。
「見つかったわ。この悲哀に満ちた仮面でもこの世界に留まれる時間はほんの少しなのね。」
苦悶の表情を浮かべている。
「どういうことだ?留まれる時間って何?」
「私はあなたと同じ世界にいるけど、この世界の住人ではないの。」
彼女の体が少しずつ浮き始めた。
信じられない光景に目を疑う。
「私はあなたを連れ戻しに来たの。悲観しないで。ふさぎ込まないで。私と、これから訪れる未来を信じて。」
頭上には雲の切れ間から光明が降りだした。
彼女の悲痛な顔を見ると心が掻きむしられる思いがした。

「だからお願い、私の手を取って! ”サトル!”」

 常にまとわりついていたノイズが砕けちり、明確に彼女の言葉が聞こえた。
私は駆け出した。
すでに3メートルほど上昇した彼女の伸ばした腕に向かってジャンプした。
A03.jpg


 西の空には厚く覆われた雲の隙間から白い太陽が恨めしそうに顔を出していた。
頭上から降り注ぐ光は白い太陽の光ではなかった。

続く

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2013-02-10 : 無題短編小説 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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