無題短編小説 A-Ⅰ



 隣人が失踪した。
この街に来て初めての知り合いだった。
ドアノブにはこれ見よがしに「Vacancy(空き部屋)」のプレートが掛かっている。

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 あいつは他の奴と違っていた。
皆と同じように不平不満だらけだったが、ロビーで管理人から鍵を受け取ったばかりの私に、少しばかりの輝きを瞳に宿らせ、微かだが自信に満ちた張りのある声で話しかけて来た。
「おい新入り、お前も虚構の世界に迷い込んだのか?」
突飛な内容にそばにいた管理人は失笑したが、すぐにくだらないTVに見入っていた。

 暇つぶしのつもりで話を聞いていたのだが、次第にその熱っぽい話し振りに興味がわき(知り合いが誰もいなかったせいもあるが)、何度か飲みに行くようになった。

 失踪前夜、あいつはしきりに何かを見つけたと言っていた。
興奮気味に話しかけるあいつの姿は鮮明なのに、話の内容がひどく曖昧にしか覚えていない。

「シディーム」
色彩のない全てがグレースケールで塗り固められた、この世界で最大の(いや世界そのものといっても過言ではない)人口数億とも数十億ともいわれる緩慢な退廃が着実に進み行く巨大都市。
失踪者なぞ珍しくもなく、大方何かに嫌気がさして他の移住区に移ったのだろう、というのが周りの奴らの見解だが、私は失踪前夜のあいつの笑顔からそんな安易なことではないだろうと考えていた。

 私はあいつが何を見つけたのかもう一度確かめたかった。
なにより、強い日差しに追いやられてドブの側溝に逃げ込んだ哀れな影のように、暗く惨なこの世界で、なぜそんなに希望に満ちた微笑みを浮かべることができたのか?アイツを探し出して問いつめたかった。

 手がかりはたぶん一つだろう。
アイツは失踪前日、ネデ広場に行ったと言っていた。
それだけは鮮明に覚えている。
そこに行って何かを見つけたと言ったんだ。

 この移住区の東に位置するネデ広場は隣の移住区との境目にもなっている上に、一部青空市場としての機能もある。
とにかくいつも人と物でごった返しているのできっとアイツはそこで何かを見つけたのだろう。

 そして失踪した。
胸くそ悪い「希望に満ちた笑顔」を私の心に残したまま・・・。

 カビ臭い匂いの充満したアパートから出ると、相変わらず白い太陽が地上に影を作るためだけに輝いている。
私は地面に落とした自分の影を見つめながらネデ広場へ歩き出した。

続く

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2013-02-03 : 無題短編小説 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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おお!
新連載キタ━(゚∀゚)━!
ちょっと近未来で、退廃的な要素もうっすらと漂う、SFらしい舞台設定ですね!
「あいつ」は何を見つけたのか、ネデ広場でどんな出来事が待っているのか、全然予想がつきません!
そして挿絵、すごく味があって、雰囲気が伝わってきますね^^
続きお待ちしております♪
2013-02-04 20:50 : canaria URL : 編集
canariaさん
コメントありがとうございます^^

退廃感を感じていただけただけでも書いたかいがありました^^

全4回で完結しようと思っています。

よく妄想して楽しむのですが、それを不特定多数の人に理解してもらうように書き出すはこんなに大変だとは思っていませんでした。

しかも書き出すと、いろんな矛盾点がでてきてそれを修正、するとストーリーが変わってきてしまうので改めて一から練り直し。

本筋は変わらないのですが、それに導く為の詳細がなかなか決まらず四苦八苦しております;;)

皆さん創作にこれだけ大変な思いをしていらっしゃることを実感している毎日です。
2013-02-05 01:48 : 泉坂 URL : 編集
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Author:泉 坂
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