朽ちてゆく壁、心の壁

webアンソロジー季刊誌「carat!」vol.3 秋号 参加作品
vol.2 夏号 参加作品 「風気分測定士」の続編です。
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「おかしいな。」

ヨアヒムは首をかしげて風気分測定器に表示された数値をじっと見つめて言った。

「無風、ですか。」

前回の測定ポイントよりかなり北に移動していた。
今回測定に選んだ場所は過去の風気分測定士がマーキングした測定ポイントではなく、ヨアヒムが独自に判断したポイントだった。
そこには、いつ、誰が、なんの目的で建てたかわからない5mほどの高さがある巨大な壁の遺跡が数キロメートルに渡って残っていた。
かなり風化が目立ち、大部分が倒壊していた。
このあたりには数千年前に大きな都市があったが砂漠化が進んで人の活動拠点が東に移動したために都市は放置されたのだった。今では都市は完全に砂に埋もれ、壁だけが佇んでいた。

ヨアヒムはその壁に登り、測定器具を固定して再チェックをかける。
測定数値は∞、それは測定不能、早い話が無風だった。
「やっぱり無風だなあ、読みが外れたのかな。」

シルフたちの残り風が捉えられなかった。
ヨアヒムは残念がった。
過去の数値に惑わされることなく、先人の残したポイントに囚われることなく、自分で導き出した測定ポイントが正しいと思っていた。
他人の力を借りることなく、頼ることなく、自分自信の力でシルフを捉えられると信じていた。
彼の目の前には荒野が広がり、それは無限の広がりを感じさせた。
自信を喪失したヨアヒムを屈服させるにはそれほど時間は掛からなかった。

うつむいたヨアヒムの目からは光が消え、どっこいしょと言わんばかりに重い腰を下げて座り込んだ。
今の彼は当初の力漲る野心家ではなく、無謀なチャレンジのせいで後悔する青臭い愚かな青年の姿だった。
頭上では強い日差しを照りつける太陽があざ笑っていた。

ヨアヒムはごく普通の家庭に生まれた次男だった。
しかし彼は家庭内ヒエラルキー最下層がゆえに常に上層からストレスのはけ口として暴力を受けていた。
父は仕事熱心だが家庭を顧みず、母は癇癪持ちで気に入らないことですぐに長男やヨアヒムに暴力を振るった。
兄はそのストレスから母にならい、ヨアヒムに暴力を振るっていた。
ヨアヒムは自分が最下層だから何にそのストレスをぶつけていいかわからなかった。

ある日、遊びに行った友人の家の庭に繋がれた飼い犬がいた。
無垢なその犬はヨアヒムを見て吠えいた。
警戒したのか、かまってほしかったのか、ただ吠えただけなのか。
ヨアヒムは何となく癪にさわり、友人の目を盗んでその犬を黙らせるために両手で突き飛ばした。
突き飛ばされた犬は転んで一回転したが、素早く起き上がってさらに大きな声で吠えた。
ヨアヒムはえも言われぬ後ろめたさを感じて逃げるようにその場を去り、小さいながらも暴力を振るったことに悔いた。
犬を突き飛ばした感触が手に残っていた。
体が小刻みに震えていた。
涙がとまらなかった。

その夜、家に帰ったヨアヒムに母親は学校でのテストの点について難癖をつけて暴力を振った。
その後、ささいな会話から兄が激昂してヨアヒムに暴力を振るった。
執拗な二人の暴力が静まった後、彼は机に突っ伏して泣いていた。
そして突然カッターナイフを取り出して自分の腕にその刃を押し当てて勢いよく滑らせた。
腕に痛みが走り、顔をくしゃくしゃにさせた。
しかし、その痛みが彼の心に静かな平穏を訪れさせた。
小さな傷だったが血が滲みだすことで自分の怒りが外に放たれていくように感じたのだ。
それ以来、彼は家庭内で暴力を振るわれるたびにこの行為を繰り返した。
できた傷の数だけ彼の心を覆う壁は高さを増していった。
彼が風気分測定士を志すその時まで。

「ギャッウ〜!」

トラビの鳴き声で物思いにふけっていたヨアヒムは驚いた。
トラビは首を撫でてもらいたい様子ですりよってきた。
いつも通り首もとを撫でてやる。
トラビの首元には移動用爬虫類に対する過酷な調教のせいでつけられた痛々しい傷跡が残っていた。

「ああ、そろそろ食料が心許なくなってきちゃったよ。どこかの街で補給しなきゃ。一番近い国境ゲートが北東かあ、3日ほど歩けば辿り着けそうだ。そこで近くの街を教えてもらおう。ついでにシルフの情報収集といきますか。」
トラビと小さいながらもコミュニケーションをとったことでお互いの信頼関係を再確認したヨアヒムの目には光が戻っていた。

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2016-08-25 : 風気分測定士 : コメント : 4 : トラックバック : 0
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No title
こんにちは。
二話目ということで、今回はヨアヒムの内面にスポットが
当てられているのが印象的でした。
前回はその圧倒的な世界観に魅了されましたが、今回はまさに
ヨアヒムの内面世界に圧倒された感じです。

自傷行為の原因と結果も描写が秀逸ですごいな〜て感じました。
こういうと重いかもしれませんが、わたしも若気の至りで
自傷行為やらかしてた時期があるのでヨアヒムの気持ちは
よくわかりますね。経緯は多少違いますが、憤りをどこにぶつければ
いいのかわからないっていう所は共通していて
びっくり&親近感を抱きました。
なるほど、ヨアヒムは、こんな過去を抱えていたのですね。
ひょうひょうとした印象が強かったのですが、
より一層彼が魅力的に感じられました。

先達の知恵に頼ることなく自分の信じたものを突き詰めたい。
でもそれだけじゃだめで憔悴する気持ちも共感できましたし、
信念を貫き通すことと「我」に囚われることの違いとか、なんかそういう難しさが感じられて、ヨアヒムが一気に温度感のあるキャラクターに
感じられてきました。
トラビもまた過酷な調教を経験していたりして、
お互いに通ずるものがあったのかな〜と絆の強さを感じました。
続きを拝見できることが可能なら、彼らの成長を是非見届けてみたいです(^^)/
2016-08-25 12:14 : canaria URL : 編集
canaria さん
コメントありがとうございます^^

いままでのふわっとした世界感ではなく、個人の感情や、個性の形成になった背景を緻密に描いた内容を書きたいなあと思っていました。

人は明るい経験よりもひどい経験の方が個人の形成に強く影響していると考えているのですが、それだけにとどまらずそのひどい経験にとらわれてしまい大人になっても抜け出せない人もいますよね。

ヨアヒムの場合は、子供の頃の虐待の経験が強く影響されています。
淡々と任務を遂行しようとする彼ですが、まだまだ青年の彼は他人の言葉に耳を貸さず独断で行動したり他人との関係に依存してしまいがち(期待しがち)で、飄々とする姿とはうらら腹に感情の起伏がちょっと大きくてつまづきやすい未熟な青年なのです。

そんな彼がどのような経験をし、立派な大人になっていくか、風気分測定士シリーズを季刊誌「carat!」で投稿させていただきたいなと思っております。

感受性の高い若者ほ抑圧されるとかなりの確率で自傷行為に走ると思います。
私自身もそうだったのですが、きっと重いことではないと最近思うんですね。
いまとなっては自分で編み出した大人になるための通過儀礼だったのかもしれません。
周りから傷つけられるだけでなく、大なり小なり人は自分自信をも傷つけて成長してきてるんですね。
ちょっとコメント返し書きながらなんだか「自分っていろいろと大変だったんだなあ」ってしみじみ感じちゃいました。
たまには自分で自分を抱きしめてあげましょう^^

2016-08-26 23:29 : 泉 坂 URL : 編集
こんにちは~。
サキも仮想空間の物語を書きますが、そのリアリティーには結構こだわります。
泉坂さんの「風気分測定士」はこのカテゴリーに入る物語なのですが、そのリアリティーはとても素敵です。謎な世界なのですが丁寧に設定されていて、主人公がその世界でちゃんと生きています。サキが彼の中に入り込んで旅をしても違和感を感じることがありません。
そのリアリティーのうちの1つなんでしょうけど、彼の生い立ちには驚きました。母親や兄の心の動きも不幸だとは感じますが、人間故の弱さ故あり得ることかもしれません。彼がそこから立ち上がっていく過程もこの物語に含まれるのでしょうか?あ、今がその過程なのでしょうか?
トラビはまるで彼の心が読めるようですね。良き相棒です。
まだまだ謎なことがほとんどなのですが、それが少しずつ解き明かされるのを楽しみにしています。
2016-08-27 12:18 : 山西 サキ URL : 編集
山西 サキ さん
コメントありがとうございます^^

断片的な世界しか描けていないせいかふわっとしたイメージしか読み取ってもらえないかなあって心配しながら書いているのですが、サキさんにリアリティーを感じてもらえて嬉しく思います。

この風気分測定士シリーズに関して、一部私の実体験と感情を反映しております。
それをうまくヨアヒムを通して読み手に伝えられているからこそリアルに感じていただけるのかなあ、だとしたら、自分で自分を褒めたい^^)/

短編な上に更新期間は長いですが、これから少しずつヨアヒムが成長する過程を描きたいと思います。

2016-08-28 22:16 : 泉 坂 URL : 編集
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プロフィール

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Author:泉 坂
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