Made Again 07 (Intersection )

 それが血だと思ったとたん、吐き気をもよおしてうずくまった。
「気分が悪くなっちゃったのね、大丈夫?あなただけの体じゃないから…」
黒い煙は心配そうな声を出して近寄ろうとした。
「来ないで!」
彼女は片手を前に突き出して相手を制し、大声で叫んだ。
咳き込みながら口から出た唾液を袖で拭い、ふらふらと立ち上がった。
横目でもう一度ビリヤード台の黒いシミを見たがすぐに視線を黒い煙に向けて言い放った。

「この場所は確かに私がしっている場所かもしれない。でもずっと昔の話で一度立ち寄ったことがあるだけよ。その時はこんなビリヤード台なんてなかったし、傷もシミも知らないわよ。」

「もう、仕方ないわね。じゃあヒントをあげる。」
まるでダダをこねる子供を諭すような口調で黒い煙は話しだした。
「あなたがこの世界や私を拒絶すればするほど、あなたには恐怖や恐れといった感情が湧いてくるの。しっかりと目の前にある現実を見据えてあるがままに受け入れることで、あなたには温かくて、そして静かな安息が訪れるのよ。私はただあなたを導く者。取って喰ったりしなわよ。」
少しおどけた口調に変わった。
「実はこれを言うのはルール違反に近いわ。でもこのままじゃあ埒が明かないし、あっちに行かれては元も子もないからね。かなりオブラートに包んでいるからぎりぎりセーフってとこかしら?」

彼女は首を傾げて思った。
(やっぱりこの声、そしてこのモノの言い方、知っているような気がするわ。)

「さあ、こちらに来て。帰りましょう。」

黒い煙から手のようなものがにょきにょきと伸びてくる。
彼女は後ずさりしながら言った。
「こんなおかしな世界に真っ黒な煙のあんたなんか受け入れることができるわけないじゃない。それに[あっち]って言ったわね。まだこんなおかしな世界があるって言うの?」

「その話はまた今度。スキャットを抱いてシナモンティーでも飲みながら話してあげるわ。」


「トントントン」
その時、どこからか何かを叩くノイズまじりの音が聞こえた。
彼女も黒い煙も押し黙って音のする方を見た。
部屋の隅にある半分朽ちたギターのアンプからだ。
マーシャルのロゴがきらりと光ったように見えた
ラジオのチャンネルを合わせるときのノイズが聞こえてくる。

「ザザザザーーー、ザザーー、ザ、ソ、ソコに、誰かいるの?」

ノイズとともに人の声がした。

逃げ出す機会をうかがっていた彼女はとっさにアンプに飛びついた。
アンプに触ったとたん、朽ちた外装は粉々になって消え去り、むき出しになった中の真空管は青く光っていた。

彼女はその中に一つの世界を見た。
吸い込まれそうな青空、空中に浮かぶ島、そこから滑空しながらどんどん地上に近づき生い茂った草原を凄い早さで突き抜ける。
やがて鬱蒼と茂ったジャングルに幾つもの支流をもった大河、壁のような山脈、無数の島々が浮かぶ海峡を飛び越え、幾つもの都市を尻目に終わりの見えない荒野へと入り込むと、頂上が見えない巨大な塔が見えてきてどんどん近づき、顔のようなレリーフを施した扉にぶつかって意識を取り戻した。

それはほんの一瞬の出来事だった。

「あなた、その体…」
黒い煙の声で我に返った彼女は自分の体を見た。
体が半透明になり、真空管内の世界が映し出されている。
そしてどんどん真空管の中に取り込まれていく。

彼女は全く恐怖を感じていなかった。
むしろ、寒々とした空気を感じるこの異様な世界よりも温かさを感じた。
行き着く先は元の世界ではないこともわかっていたが、今はただこの温かさを感じていたかった。

「本当にそれでいいのね?」
黒い煙は泣きそうな声で訪ねた。

もう声すらだせないほどに体を吸い込まれた彼女は横目で黒い煙を見た。
そこには、いままで何千回と見てきた人物が黒い煙から顔を出して涙を流していた。
目を見開いた彼女は何かを叫んだが、声にならずに真空管の中に消えていった。

その瞬間に青い光も消えた。
跡に残されたのはただの朽ち果てたアンプの真空管だった。

静寂だけが辺りを支配した。
しばらくすると黒い煙はどんどん膨張して室内を包み込み、扉を破って塔を飲み込み、そしてその世界を覆い尽くした。
しかし、闇の中にはあの真空管だけが残されていた。

Made_Again_Act_07.jpg


続く
2014-12-02 : Made Again : コメント : 0 : トラックバック : 0
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