風を探しに

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俺は運転席の窓を開け、吹き込んできた冷たい風を顔いっぱいに浴びて身を引き締めた。
回転数を上げてシフトダウン、勢い良くアクセルをふみこむ。
車はトルクフルにドンドン加速していきタイミングよくシフトアップすることで一気にトップスピードまで持っていく。

俺はハンス 、ハンス・J・スター。
このあたりの峠道を自分の庭がわりにしているケチな走り屋さ。
負け犬たちは俺のことを狂気のドライバー、コーナーの魔術師、峠のゴーストなんて名前で呼んでいる。
よくもまあいろんなダサいあだ名をつけるものだと感心していたが、どれもおれの本質を現すには至っていなかった。
おれは本能的に風を探し、感じ、見つける。
そうすればなにもしなくていい。
風が勝手におれをゴールへと導いてれるからな。
風を探し見つける男、言うなれば、風探索士さ。

そんな俺の相棒はドイツが生んだ名車トラバント。
直列2気筒2ストエンジンは50年以上前の遺物だが、持ち前の軽量ボディと大枚叩いてバージョンアップした足回りのおかげで下りではドライバーの腕次第でいくらでも戦える。
ようするに、俺にぴったりってことさ。
しかしこいつの一番の魅力はそんな争いの中には無いんだ。
本当の魅力は旅の中にある。
こいつの子猫のような鳴き声のエンジン音を聞きながらまだ見ぬ大地へ駆け出していくとき、忘れていた冒険心が心の底から湧き上がるんだ。
俺の手となり足となりどこへでも連れて行ってくれる。
こいつとなら多くの風を探しに行ける、そんな気がするんだ。

俺は二股の道路で車を止めた。
今日はたっぷりの荷物をトランクに詰め込んでいる。
いつもの峠は遥か後ろに過ぎちまった。
右は海岸線へ、左は山間部へ。
さぁ、どちらに行ったものか。
…ふふふ、迷うなんて柄じゃねえよな。
どっちも初めての道、ということはどっちに行っても新しい風が待っているってことさ。
「俺たちだけの速度でまだ見ぬ風を探しにいこうぜ、なぁ、相棒。」

「でもお腹が空いたので夕方にはお家に帰ってくるんじゃろ。」
「そう、いくら俺でも空腹には勝てないからな。」
「今日は何を食べたいんだい?」
「そうだな、久しぶりに里芋の煮っころがしが食べた・・・って、え?」
驚いた僕は後ろを振り向くと後部座席にばぁちゃんが座っていた。
「それじゃ、今晩の夕食は里芋の煮物をつくろうかね。」
ばぁちゃんはうんうんと頷いている。
「な、な、な、なんでばあちゃんがそんなとこに座っとるんじゃ!」
驚きのあまり舌がうまく回らずどもってしまう。
「お前はアホか。ここはわしの土地じゃろが。」
ばあちゃんは呆れ顔でため息をついた。
僕は自宅の畑の隅っこにある、僕が生まれる前から放置されている錆びだらけのバンの運転席に座って誰もいなことをいいことにハードボイルド気取りで空想に浸っていたのだ、しかも声に出して。
「ひ、人が物思いにふけってるときに黙って近づくなよ!ビックリしよーが!」
「何言うとんじゃ。ちゃーんと「サトル!」って名前を呼んどんのに、お前ときたら眉間にしわ寄せてぶつぶつ独り言を言うとるから終わるのを待っとったんじゃ。」
僕はぞっとした。まさか、そんなまさか、
「…俺の独り言をずっと聞いちょったん?」
「おう、聞いちょったよ。風を見つける男さんよ。」
不敵な笑みを浮かべるばあちゃん。
「い、い、いつからそこに座っちょったん?」
「んー、シフトダウンがどうとかってあたりかな。」
最初からかぁぁぁぁぁい。
僕は恥ずかしさのあまり顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
この羞恥心を何処にぶつけていいものかわからず色褪せた細いハンドルを散々叩いたあと、ハンドルにつっぷした。
ばぁちゃんはそんな僕の姿を見てゲラゲラ笑いだした。
「ばぁちゃん、このことは母ちゃんと姉ちゃんには内緒にしてーや。あの二人に知れたら俺のこと一週間はからかい続けるからさ。」
顔を隠したまま絞りだすような声で言った。
「いちいちそんなことあの二人には言わんわ。でもまぁ今更隠してもなぁ。」
意味深な発言にくくくと笑いを堪えるばあちゃんの態度に思わず顔を上げると、外からクスクスと笑う声が聞こえきた。
「ハンスだかタンスだか知らねーけど、純和風の顔しちょるくせによくもまぁ外人さんの名前なんかつけよう考えるもんだなぁ。」
「まったくだよ、大人になってもほんまにおもろい子やわ。やっぱり頭空っぽせいかいなぁ。」
まさか…。
僕は戦慄きながら窓から顔を出すと母と姉が笑いをこらえながらしゃがんでいた。
目があった2人は一瞬ぎょっ!してみたものの、車から降りたばあちゃんと3人並んで僕をじっと見つめながら言った。
母「風を探しに。」
姉「彼女を探しに。」
婆「それより職探してこいや。」
三人「ぎゃはははははっ!(爆笑)」
「き、き、き、貴様らぁー!」
恥ずかしさとからかわれる悔しさでいっぱいになった僕は、勢いよく車から降りてそばにあったススキを引きちぎりやたらめったら振り回した。
母「いや〜!サトルちゃんもとい、ハンスさんがキレたわ〜!」
姉「違うよ、タンスさんがキレたんやで〜!」
婆「ちゃうちゃう、タンスにゴンゴンさんがキレたんやでー!」
3人「ぎゃはははははっ!(爆笑)」
「ぺっぺっぺっ!さっさと向こう行け!お前らなんかに俺のクリエイティブな発想は理解できへんねん!」
母「それじゃあ、私らもそろそろ夕飯というクリエイティブな作業に精を出しますかぁ。」
婆「ゴンゴンさんは里芋の煮物が食べたいそうじゃから作ってやるかいなぁ。」
姉「おいゴン。日が落ちる前に家に入るんやで。」
3人「名前がゴンになってるやん!ぎゃはははははっ!(爆笑)」

散々人を笑い者にした3人は僕1人を残してさっさと母屋に戻っていった。
あの3人が通ったところにはペンペン草すら生えないと誰が言ったのだろうか。
もはや僕の心には新たな創造を沸き立たせるような火が灯ることはなかった。
その場に立ち尽くした僕は悔しかった。
そして悲しかった。
僕だけの高尚な空想を小馬鹿にし、緻密な設定をゴンの一言で片付けるあの俗物3バカトリオにはいずれギャフンといわせねばなるまい。
どのような報復手段で対抗するか、そんなことをしばらく考えていると背中に不吉な寒気を感じて我慢できずに大きなくしゃみをした。
「ぶえ〜くしょん!…あっ。」
風邪を見つけた。
2017-03-01 : イラスト : コメント : 4 : トラックバック : 0
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泉 坂

Author:泉 坂
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