信じる心、選んだ答えの後

webアンソロジー季刊誌「carat!」vol.4 冬号 参加作品
「carat!」vol.3 秋号 参加作品 「朽ちてゆく壁、心の壁」の続編です。
冬号はクリスマス・イヴだってのにまったく関係なく風気分測定士の続編ですが、どうぞお付き合いください。

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今日、1人の少年が死んだ。
ヨアヒムは彼の名を知らない。
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ヨアヒムたちが補給のために連邦政府と未開地区との境に位置するティコ市に到着して真っ先に向かったのは動物衛生研究施設だった。
半日ほど前からトラビの呼吸が荒くて足取りも鈍くなり、まっすぐ歩けなくなっていた。
ヨアヒムの問いかけにも答えず、ただ頭をもたげ悲しそうな疲れた視線を送るだけだった。
施設に到着してすぐにトラビは昏睡した。

「先生、トラビ・・・移動用爬虫類の具合はどうなんでしょうか?」
ヨアヒムはひょろりと細長くて背の高い若い獣医師に焦りを抑えて静かに問うた。
「大丈夫ではありません、ですが危険な状況でもありませんよ。過度の疲労から発熱を起こしてそれでも無理をしたんでしょう。どうぞご安心ください。」
ヨアヒムはその言葉を聞けてほっと胸をなでおろした。
平静を装っていたが心のなかでは気が気でなかったのだ。
「見た所、全身の傷は古いものばかりです。新しい傷がない。あなたがムチで無理強いをしたわけではない。ということは移動用爬虫類が自分の意思でここまで体を追い込んだのですか。それだけあなたは愛されているということですね。」
医師の言葉に思わず顔が熱くなった。
「1週間、こちらの施設で入院して安静にさせます。全快するには2週間はかかるでしょう。よろしいですね?」
「…はい、よろしくお願いします。」
ヨアヒムは医師に深々と頭を下げ、施設の外に出た。

しばらく調査が滞ってしまうため、詳細は所轄の気象台から風気分研究所に直接報告を入れることにした。
(風気分の測定は連邦気象局が行っており、風気分測定士は気象局職員である。)
気象台は街の郊外にある大きな公園内に設置されていた。
路線バスに乗れば15分ほどで到着するが、トラビに無理をさせてしまったという罪悪感を払拭して少しでも気持ちをやわらげたく、また初めて訪れた都市をじっくり見てみたいので徒歩で向かうことにした。

市場を抜けたあたりで野次馬が多数集まり、怒号が飛んでいた。
あまりの騒ぎに気になったので人を押しのけて騒ぎの近くまでくると、数人の男に二人の男女が取り押さえられて少し離れたところに子供が捕まえられていた。
「お願いです、勘弁してください。ほんの出来心です、もう2度としませんから。」
取り押さえられている男が何度も謝っていた。
「何があったんですか?」
ヨアヒムは子供を捕まえている男に尋ねた。
「この夫婦がさ、仕事がなくて食べるにこまっているからって子供に盗みを働かせやがったんだ。しかもこの夫婦は何度もこの子に・・・ってあれ?その測定機具はあんた、風気分測定士さんかい?どうもどうも、お勤めご苦労さんです。」
怒りで興奮していた男はヨアヒムが風気分測定士と知って少し冷静さを取り戻した。
風気分測定士の測定成果は気象予報を導き出し、天候による農作物の被害を食い止めたり流通経路の確保や交通の安全を守ることに役立っていた。
そのため多くの人々から一目置かれる存在であり、一部の者達のなかでは神格化されることもあった。
「その家族をどうされるのですか?」
「そりゃもちろん、警察突き出しますよ。それとこの子は施設で保護・・・。」
「私に任せてもらえませんか?」
男が最後まで言い終わる前にヨアヒムは言った。
夫婦を取り押さえていた男達もびっくりした顔をしていた。
男に手を捕まえられていた子供は光のない目でヨアヒムを見つめ、その両親はただすすり泣いていた。
「彼らの処分、私に任せてもらえませんか?今回被害にあった代金は私がお支払いいたします。」
「いや、まあ、風気分測定士さんみたいな人からそう言われちゃ別にいいっちゃいいんだけどよ。」
子供を捕まえている男はそういったが、別の男が異議を唱えた。
「しかしこの子供のこともある。子供は一旦施設で保護したほうがいい。どんどんエスカレートしている。」
ヨアヒムは男の手を払い子供を自分の背に隠した。
「親がいるならどんなことがあっても子は親といるべきです。施設に入ったとしてもたらい回しにされるでしょう。彼らの処分、私に任せていただけませんか?どうぞ彼らにチャンスを与えてください。」
ヨアヒムは深々と頭を下げた。
「わかった、わかったよ!あんたがそこまで言うなら全部まかせるよ。いまどきあんたみたいな人がいるんだなあ。しかし今回だけだからな。みんな、騒がせてすまなかったな。解散だ解散。」
子供を捕まえていた男が叫んだ。
取り押さえられていた夫婦は解放され子供に抱きついた。
ヨアヒムは数日分の食費になるであろう金銭を渡して言った。
「私は気象台におりますので明日の朝おいでなさい。小さな仕事ですが何か用意しておきます。」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
その家族は何度も頭を下げて広場から立ち去った。
一瞬子供の姿が自分自信と被ったように見えたが、そのときは特に気にとめることはなかった。

気象台で報告を終えて職員達と未開地での風の動向に関しての情報交換をしたが真新しい情報は得られなかったが、気象台長から慢性的に人員不足の清掃局なら働き口があると聞き、市場で出会った家族に紹介してやろうと思った。
食堂で夕食を済ませてあてがわれた当直室のベットに潜り込んだ。
清潔なシーツに包まれることに安心を感じたが、そばにいないトラビのことを考えるとさびしくてしかたがなかった。
そっと目を閉じると自分でも気づかないほど疲れていたのかどろのように眠っていた。

翌日にはトラビは目を覚まし、翌々日ではかなり体調が回復して施設内の広い園内をを自由に歩き回っていた。
まだ若い移動用爬虫類なのでかなり回復が早く、その回復スピードに驚いた獣医師からはあと数日で現場に復帰できるだろうとお済つきまでもらった。
ヨアヒムは安心して今後のスケジューリングを立てていたが一つ気になることがあった。
先日の騒ぎがあった家族が気象台に顔を出さなかったのだ。
市場に赴いて騒ぎの周辺にいた人たちに尋ねて歩いたのだが、あれ以来姿を見ていなかった。

その日の昼過ぎ、ヨアヒムは市街地での移動用爬虫類の通行許可を取るために街の中央にある連邦警察局を訪れていた。
担当者から移動用爬虫類を建物の壁や電柱に登らせないようにとしつこく念を押されてやっと許可証を貰った。
帰り際、警察局から出たところで、見た顔が前から歩いてきた。
あの騒動の夫婦だ。
「ちょうど良かった。しばらく探したんだよ。ちいさな仕事ですが見つけてきました。さっそくなんですが・・・。」
ヨアヒムが声をかけたとたん、二人は暴れだして叫んだ。
「そんなつもりじゃなかったんです!あの子が、あの子がわがままだから躾のために!」
「こら!静かにしなさい、静かに!」
夫婦の脇を抱えていた警官が2人を取り押さえた。
よく見ると夫婦の腕には手錠が掛けられていた。
泣き叫ぶ二人は応援に駆けつけた警官たちに局内へ引きずられていった。
「あなた、見たところ風気分測定士みたいだけどあの夫婦の知り合いかい?」
夫婦の側にいた警官が話しかけてきた。
「・・・ええ、そ、そうです。いった何があったんですか?」
震える声を隠しもせずヨアヒムは警官に質問した。
「あの夫婦、自分の子供を殺害した容疑で逮捕したんだよ。以前から虐待の疑いがあったから地域相談員が見張っていたんだけどね。昼前に部屋の中からすごい怒鳴り声と子供の泣き声がするって近隣住民から通報があって訪問したんだが、扉越しから錯乱した女の泣き声が聞こえてね。おかしいと思って室内に踏み込んだら全身アザだらけで頭から出血している子供が倒れていたんだ。
急いで病院に運び込んだんだが…すでに死亡していたよ。
夫婦は子供が悪さをしたから躾のために叩いたと言っていたが、その場で緊急逮捕さ。
まったく、二日前に窃盗の疑いで通報が来て子供を保護するいい機会だと思ったんだが、すぐに通報者から代金を支払われたから大丈夫だって説明をうけてね。
あの時無理にでも身柄を拘束して子供を引き放せばよかったと後悔しているよ。」
そう言って警官は局内に入っていった。
ヨアヒムは真っ青な顔で立ち尽くしていた。

日もとっぷり暮れ、ヨアヒムは台長からの依頼で街外れにある気象レーダー塔の点検を行っていた。
さっさと簡易の点検を終えてヨアヒムは遠くを眺めていた。
彼の心の中は怒りや悲しみ、後悔や不信感がおおきな渦となりとぐろを巻いていた。
そのうち、渦の中心に少年の姿をした自分を見つけた。
すると渦は雨雲に姿を変えて雨を降らせ始めた。

ヨアヒムは過去を見ていた。
日中とは打って変わり、夜の穏やかな大気から静かなシルフが生まれヨアヒムの頬を優しく撫でては平野に流れていった。

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2016-12-10 : 風気分測定士 : コメント : 6 : トラックバック : 0
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朽ちてゆく壁、心の壁

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vol.2 夏号 参加作品 「風気分測定士」の続編です。
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「おかしいな。」

ヨアヒムは首をかしげて風気分測定器に表示された数値をじっと見つめて言った。

「無風、ですか。」

前回の測定ポイントよりかなり北に移動していた。
今回測定に選んだ場所は過去の風気分測定士がマーキングした測定ポイントではなく、ヨアヒムが独自に判断したポイントだった。
そこには、いつ、誰が、なんの目的で建てたかわからない5mほどの高さがある巨大な壁の遺跡が数キロメートルに渡って残っていた。
かなり風化が目立ち、大部分が倒壊していた。
このあたりには数千年前に大きな都市があったが砂漠化が進んで人の活動拠点が東に移動したために都市は放置されたのだった。今では都市は完全に砂に埋もれ、壁だけが佇んでいた。

ヨアヒムはその壁に登り、測定器具を固定して再チェックをかける。
測定数値は∞、それは測定不能、早い話が無風だった。
「やっぱり無風だなあ、読みが外れたのかな。」

シルフたちの残り風が捉えられなかった。
ヨアヒムは残念がった。
過去の数値に惑わされることなく、先人の残したポイントに囚われることなく、自分で導き出した測定ポイントが正しいと思っていた。
他人の力を借りることなく、頼ることなく、自分自信の力でシルフを捉えられると信じていた。
彼の目の前には荒野が広がり、それは無限の広がりを感じさせた。
自信を喪失したヨアヒムを屈服させるにはそれほど時間は掛からなかった。

うつむいたヨアヒムの目からは光が消え、どっこいしょと言わんばかりに重い腰を下げて座り込んだ。
今の彼は当初の力漲る野心家ではなく、無謀なチャレンジのせいで後悔する青臭い愚かな青年の姿だった。
頭上では強い日差しを照りつける太陽があざ笑っていた。

ヨアヒムはごく普通の家庭に生まれた次男だった。
しかし彼は家庭内ヒエラルキー最下層がゆえに常に上層からストレスのはけ口として暴力を受けていた。
父は仕事熱心だが家庭を顧みず、母は癇癪持ちで気に入らないことですぐに長男やヨアヒムに暴力を振るった。
兄はそのストレスから母にならい、ヨアヒムに暴力を振るっていた。
ヨアヒムは自分が最下層だから何にそのストレスをぶつけていいかわからなかった。

ある日、遊びに行った友人の家の庭に繋がれた飼い犬がいた。
無垢なその犬はヨアヒムを見て吠えいた。
警戒したのか、かまってほしかったのか、ただ吠えただけなのか。
ヨアヒムは何となく癪にさわり、友人の目を盗んでその犬を黙らせるために両手で突き飛ばした。
突き飛ばされた犬は転んで一回転したが、素早く起き上がってさらに大きな声で吠えた。
ヨアヒムはえも言われぬ後ろめたさを感じて逃げるようにその場を去り、小さいながらも暴力を振るったことに悔いた。
犬を突き飛ばした感触が手に残っていた。
体が小刻みに震えていた。
涙がとまらなかった。

その夜、家に帰ったヨアヒムに母親は学校でのテストの点について難癖をつけて暴力を振った。
その後、ささいな会話から兄が激昂してヨアヒムに暴力を振るった。
執拗な二人の暴力が静まった後、彼は机に突っ伏して泣いていた。
そして突然カッターナイフを取り出して自分の腕にその刃を押し当てて勢いよく滑らせた。
腕に痛みが走り、顔をくしゃくしゃにさせた。
しかし、その痛みが彼の心に静かな平穏を訪れさせた。
小さな傷だったが血が滲みだすことで自分の怒りが外に放たれていくように感じたのだ。
それ以来、彼は家庭内で暴力を振るわれるたびにこの行為を繰り返した。
できた傷の数だけ彼の心を覆う壁は高さを増していった。
彼が風気分測定士を志すその時まで。

「ギャッウ〜!」

トラビの鳴き声で物思いにふけっていたヨアヒムは驚いた。
トラビは首を撫でてもらいたい様子ですりよってきた。
いつも通り首もとを撫でてやる。
トラビの首元には移動用爬虫類に対する過酷な調教のせいでつけられた痛々しい傷跡が残っていた。

「ああ、そろそろ食料が心許なくなってきちゃったよ。どこかの街で補給しなきゃ。一番近い国境ゲートが北東かあ、3日ほど歩けば辿り着けそうだ。そこで近くの街を教えてもらおう。ついでにシルフの情報収集といきますか。」
トラビと小さいながらもコミュニケーションをとったことでお互いの信頼関係を再確認したヨアヒムの目には光が戻っていた。

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2016-08-25 : 風気分測定士 : コメント : 4 : トラックバック : 0
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風気分測定士

webアンソロジー季刊誌「carat!」 vol.2 夏号 参加作品
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「北西の風、または西の風、やや強く…、か。」

西岸エリア未開地第58風気分測定ポイントでヨアヒムは呟いた。

「西岸エリアはひどい乾燥地帯だな。喉が渇いてしかたないや。」

風気分測定士に任命されて初めての未開地での測定にかなり緊張していた。西岸エリアは乾燥地帯で荒野が続く不毛の大地。追われる身のならず者たちが徒党を組んで潜んでいると囁かれたり、未確認の危険生物がいるとも言われている。

「未開地に入って3日か、なかなか足取りがつかめないなあ。やっぱり以前の測定ポイントから外れて独自に調査したほうがいいかもしれない。危険かもしれないけれど、少し北に移動して新しいポイントで測定してみよう。行ってくれるかい、トラビ?」

ヨアヒムは今回の測定用に充てがわれた移動用爬虫類に声をかけた。

「ギャ?」

トラビと呼ばれた移動用爬虫類はヨアヒムに擦り寄り首元を差し出した。

「ほんとにお前は首を撫でられるのが好きだね!よしよし。」

ヨアヒムは周囲の測定士から移動用爬虫類に名前を付けるなんて異常だよ、と言われていた。
しかし、彼が大切にしているコミュニケーションには、どうしても名前を付けることが必要だった。
悪く言う人間でも、意思疎通が難しい移動用爬虫類でも、コミュニケーションの連続がもっとも大切な事柄であり、仕事の質、そして人生への喜びに大きな影響があると考えていた。

トラビは満足しているようで目を閉じて喉をぐるぐる鳴らしている。
ヨアヒムはトラビの首にぎゅっと抱きつき、手を離して言った。

「そろそろ行こうよ、絶対僕たちが見つけるんだ。未開地のシルフを。」

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